武蔵国 金沢(六浦)藩

戊辰戦争時の金沢(六浦)藩について

金沢(六浦)藩:譜代 1.2万石 Wikipedia →より詳しいHPへリンク

陣屋:神奈川県横浜市金沢区 Wikipedia

開戦時藩主:米倉昌言(まさこと当時31歳)

米倉家の領地支配開始期:享保7年(1722年)、米倉家4代藩主忠仰(ただすけ)の代に、下野国の皆川藩から武蔵国金沢の地に移封、翌年に陣屋が完成した。ただし領地は下野国、武蔵国、相模国に点在し、六浦周辺より多かった。

戊辰戦争への対応:慶応4年2月、新政府軍が東征を開始すると、誓文を提出し朝廷への忠誠を誓った。その後は人馬継立、兵糧の賄い、各地の警戒等に当った。特に戦功は無かったが、藩主に褒詞が授与された。

金沢(六浦)藩訪問記

2013年11月21日

出張のついでに金沢八景駅周辺をぐるり散策。平潟湾を野島公園の方へ行って駅方面を見るとなかなかの景色。。

真ん中に見える山の麓が陣屋跡
真ん中に見える山の麓が陣屋跡
陣屋跡地は普通の民家なのでとてもカメラは向けられない
陣屋跡地は普通の民家なのでとてもカメラは向けられない

 

●フォトギャラリー  ※クリックで拡大

金沢(六浦)藩陣屋周辺の地形を調べてみる

金沢藩陣屋は、丘陵に囲まれた狭い山裾地に位置する。地形的には台地低位面。

土砂崩れがちょっと心配になる地形ではある。

江戸の頃は陣屋から東に緩やかに下るとすぐ海だったのだろう。

陣屋地形区分は「山地・丘陵地裾地」

 ●地理院地図 土地条件図

 

●国土調査 地形分類図

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

 

●旧版地形図との比較 今昔マップon the web((C)谷 謙二)

左は明治初期の地図。現在と比べると埋め立て前の海岸線がよく分かる。現在の洲崎町から北へ続く集落は微高地・砂堆上に分布している。

※画像クリックで拡大  ↓下の地図へリンク

 

●J-Shis Map 微地形区分

 

●シームレス地質図

 

G-Banz 標高グラフ