武蔵国 川越藩

戊辰戦争時の川越藩について

川越藩:譜代 8.4万石 Wikipedia

居城:埼玉県川越市 川越城(別名、初雁城、霧隠城) Wikipedia

城郭構造:平山城

開戦時藩主松平康英 ←幕末の江戸幕府老中

藩主家の変遷:酒井(雅楽頭)家→酒井(雅楽頭分家)家→堀田家→松平(大河内)家→柳沢家→秋元家→松平(越前)家→慶応2年(1866年)、松平(松井)家松平康英が棚倉藩から川越藩に入封して幕末維新まで

戊辰戦争への対応:康英は慶応4年(1868年)、新政府に帰順することで藩論をまとめ、老中を辞すると上洛するが、新政府に近江国の飛地領2万石を没収され、謹慎処分とされた。それでも川越城の堀を埋め、官軍にひたすら恭順することで、川越の戦火を回避することに成功した。

 

川越藩訪問記

2016年1月11日訪問

川越城本丸御殿(100名城スタンプ)→川越氷川神社→蔵づくりの町並み

 

●フォトギャラリー  ※クリックで拡大

 

●川越城縄張り図

余湖さんのホームページよりお城情報満載のHP。図の掲載許可いただいてます

川越城周辺の地形を調べてみる

お城地形区分は「台地先端」

川越の歴史、地理、町並みについてはこちらのHPがかなり詳しい →まちあるきの考古学

 ●地理院地図 治水地形分類図 更新版

 

●地理院地図 治水地形分類図 初版

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

 

●旧版地形図との比較 今昔マップon the web((C)谷 謙二)

左は明治43年発行の地図。まだ東武線もJR川越線も開通していない。

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