信濃国 松本藩

戊辰戦争時の松本藩について

松本藩:譜代 6万石 Wikipedia

居城:長野県松本市 松本城 Wikipedia ※松本城天守は現存12天守の一つ。

城郭構造:梯郭式+輪郭式平城

開戦時藩主:戸田光則(みつひさ当時39歳)

藩主家の変遷:石川家→小笠原家→戸田松平家→越前松平家→堀田家→水野家→享保10年(1725年)、水野家改易後の10月、かつて松本藩主であった松平康長の系統を継いでいた志摩鳥羽藩主の松平光慈(みつちか)が6万石で入り、以後戸田松平家9代が幕末維新まで続いた。

戊辰戦争への対応:戊辰戦争においては佐幕か勤皇かで、なかなか藩論の一致を見なかったが、東征軍の松本到着の直前になって勤皇を選択し、新政府軍の一員として宇都宮城の戦いや北越戦争・会津戦争に参戦した。賞典禄3千石

松本藩訪問記

2017年7月3日訪問

能登島ハーフマラソン参加の翌日に訪問

この日は、七尾城史資料館・七尾城跡→松本城(スタンプは有料エリアの管理事務所)

2013年9月15日

蓼科別荘地に行くも雨ですることなく、松本城見学。そばを食べて戻る。

2010年6月16日

出張で宿泊の翌朝ジョギングでお城周辺を見学。意外と小さな城との印象。

40年程前、高校生時代に見ているはずだが覚えてない・・

2017年7月3日撮影
2017年7月3日撮影
2017年7月3日撮影
2017年7月3日撮影
2017年7月3日撮影
2017年7月3日撮影
2013年9月15日撮影
2013年9月15日撮影
2010年6月16日撮影
2010年6月16日撮影

 

●フォトギャラリー 2017.07.03  ※クリックで拡大

 

●フォトギャラリー 2013.09.15  ※クリックで拡大

 

●フォトギャラリー 2010.06.16  ※クリックで拡大

 

●松本城縄張り図

余湖さんのホームページより(お城情報満載のHP。図の掲載許可取得)

松本城周辺の地形を調べてみる

松本城は、松本盆地の東端に位置する。地図によって微地形区分が微妙に違うが、東の山地から流れる女鳥羽川(めとばがわ)と薄川(すすきがわ)による扇状地性低地であろう。

お城地形区分は「低地扇状地」

松本の歴史、地理、町並みについてはこちらのHPがかなり詳しい まちあるきの考古学

 

地理院地図 治水地形分類図

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

 

地理院地図 都市圏活断層図

松本市を南北に横断して糸魚川・静岡構造線(フォッサマグナ西縁)が通り、それに沿って活断層が存在する。

 

●国土調査 地形分類図