信濃国 松代藩

戊辰戦争時の松代藩について

松代藩:外様 10万石 Wikipedia

居城:長野県長野市 松代城(別名:海津城) Wikipedia

城郭構造:輪郭式平城

開戦時藩主:真田幸民(ゆきもと17歳)

藩主家の変遷:1616年(元和2年)に松平忠昌が12万石にて松代城に入封して以降この地は松代(松城)藩領と呼ばれる。→酒井家→1622年(元和8年)に信濃国上田藩より真田信之が13万石で入封した後、明暦4年(1658年)に3代幸道の相続時に分地の沼田領3万石が独立( - 1680年改易)し、以後10万石として幕末維新までこの地は真田家の所領として続く。

戊辰戦争への対応:松代藩は比較的早くから倒幕で藩論が一致し、戊辰戦争には新政府軍に参加して多大な軍功を挙げた。賞典禄3万石。

 

松代藩訪問記

2016年7月2日

旧真田邸で100名城スタンプを押して、すぐ近くの松代大本営象山地下壕へ。ここすごい・・

 ※フォトギャラリーに写真追加。

2015年7月4日訪問

森将軍塚古墳を観てから松代城址、川中島古戦場と巡った。

松代藩は江戸時代まで信濃国の中心的なところだったが、廃藩置県で長野(善光寺の門前町)にその座を奪われた。

2015年7月4日撮影 本丸跡
2015年7月4日撮影 本丸跡

 

●フォトギャラリー 2016.07.02  ※クリックで拡大

・旧真田邸 ※100名城スタンプはここでもらえる

 

●フォトギャラリー  2015.07.04 ※クリックで拡大

・松代城址

・川中島古戦場 八幡社

 

●松代城縄張り図

余湖さんのホームページよりお城情報満載のHP。図の掲載許可いただいてます

松代城周辺の地形を調べてみる

お城地形区分は「低地氾濫平野」

松代の歴史、地理、町並みについてはこちらのHPはかなり詳しい まちあるきの考古学

 

地理院地図 治水地形分類図 更新版

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

千曲川は新潟県境を超えると「信濃川」に名称を変える。

恥ずかしながら数年前まで知らなかった。別な川だと思ってた・・