肥前国 島原藩

戊辰戦争時の島原藩について

島原藩:譜代 6.5千石 Wikipedia

居城:長崎市島原市 島原城 Wikipedia

城郭構造:連郭式平城

開戦時藩主:松平忠和 ←江戸幕府の第15代将軍徳川慶喜の実弟

藩主家の変遷:有馬家→幕府領→松倉家(島原の乱後除封)→高力家→深溝松平家→戸田家→安永3年(1774年)宇都宮へ移封されていた松平氏が6万5000石で再び戻り、以後8代にわたって明治維新まで続く。

戊辰戦争への対応:慶応4年(1868年)1月からの戊辰戦争では新政府に恭順し、秋田藩や盛岡藩、雫石などに出兵している。賞典金5千両

 

島原藩訪問記

2016年5月1日訪問

島原というと、普賢岳噴火(1991年)のテレビニュース映像が思い出される。

 

●フォトギャラリー  ※クリックで拡大

 

●島原城縄張り図

余湖さんのホームページよりお城情報満載のHP。図の掲載許可いただいてます

島原城周辺の地形を調べてみる

島原城跡は、数千年前の眉山の崩壊でできた流山の一つで、築城時(1618年)森岳と呼ばれていた高地を城のかたちに切り取って石垣を積んだ。※島原半島世界ジオパークHPより

都市圏活断層図の地形区分では「岩屑なだれ堆積面」。島状に周囲より一段高い。

お城地形区分は「孤立丘陵」

島原の歴史、地理、町並みについてはこちらのHPがかなり詳しい まちあるきの考古学

 

地理院地図 都市圏活断層図

岩屑なだれ堆積面:山体崩壊等によって生じた大小さまざまな岩塊が流下して堆 積した起伏のある土地

 

●雲仙普賢岳火山噴火によってもたらされた噴出物並びに土石流の分布

 ※東北大学総合学術博物館HPより

 

●地理院地図 地形図+色別標高図