尾張国 犬山藩

戊辰戦争時の犬山藩について

犬山藩:譜代 3.5万石 Wikipedia

居城:愛知県犬山市 犬山城 Wikipedia

城郭構造:平山城

開戦時藩主:成瀬正肥(まさみつ 当時32歳)

藩主家の変遷:関ヶ原の戦い後、尾張清洲藩には徳川家康の四男・松平忠吉が52万石で入った。このとき、忠吉の御附家老として小笠原吉次が犬山に所領を与えられたのが、犬山領の始まり。その後平岩氏を経て元和3年(1617年)、徳川義直の附家老である成瀬正成が3万石で入って、尾張藩を補佐する犬山成瀬氏がここに成立した。ただし犬山成瀬氏はあくまで身分は尾張藩の徳川家を補佐する重臣という立場であり、藩として正式に認められて立藩したのは慶応4年(1868年)1月である。

戊辰戦争への対応:藩主・正肥は自ら兵を率いて戊辰戦争に参戦。甲州や信州に赴いた。

犬山藩訪問記

2017年7月23日訪問

この日はレンタカーで、加納城→岐阜城→犬山城→小牧山城。

予備知識が無かったもので、お城から南に続く本町通りが賑やかでびっくり!

良く見ると左側の鯱が欠けている
良く見ると左側の鯱が欠けている

 

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●犬山城縄張り図

余湖さんのホームページよりお城情報満載のHP。図の掲載許可いただいてます

犬山城周辺の地形を調べてみる

お城地形区分は「孤立丘陵」

犬山の歴史、地理、町並みはこちらのHPがかなり詳しい →まちあるきの考古学

 

●地理院地図 ベクトルタイル地形分類

 

●地理院地図 土地条件図(数値地図)

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

 

●旧版地形図との比較 今昔マップon the web((C)谷 謙二)

左は明治26年発行の地図。まだ名鉄線が通っていない。

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