安芸国 広島藩

戊辰戦争時の広島藩について

広島藩:外様 42.6万石 Wikipedia

居城:広島県広島市 広島城 Wikipedia

城郭構造:輪郭式平城

開戦時藩主:浅野長訓(当時55歳)

実力者:世子浅野長勲

浅野家の領地支配開始期:元和5年(1619年)6月、転封になった福島政則に代わって紀州藩より、豊臣政権下で五奉行を務めた浅野長政の次男・浅野長晟が安芸1国・備後8郡の42万6000石で入封。

戊辰戦争への対応:広島藩は長州藩・薩摩藩と同盟を結ぶに至ったものの、徳川慶喜の大政奉還を推進したため倒幕の密勅から外された。戊辰戦争では新政府軍に加わり、中国・四国諸藩の恭順化に尽力したのをはじめ、関東、東北各地に出兵した。戊辰軍功賞典15000石。

 

広島藩訪問記

2017年8月31日 2度目の訪問

この日は広島空港でレンタカーを借りて、安芸国分寺跡→郡山城(100名城)→広島城(100名城)

2012年11月15日

出張のついでに駆け足で広島城と原爆ドームへ。

2017年8月31日撮影 二の丸跡
2017年8月31日撮影 二の丸跡
2012年11月15日撮影 天守閣跡
2012年11月15日撮影 天守閣跡

 

●フォトギャラリー  2017.08.31 ※クリックで拡大

 

●フォトギャラリー  2012.11.15 ※クリックで拡大

 

●広島城縄張り図

余湖さんのホームページよりお城情報満載のHP。図の掲載許可取得

広島城周辺の地形を調べてみる

広島城は、太田川放水路と旧太田川(本川)の分岐点を境に北部と南部に広がる広島平野の中心に位置する。

お城地形区分は「低地三角州」

 

●地理院地図 治水地形分類図(更新版)

これぞ、ザ・三角州! と言った感じの地形。

 

●地理院地図 地形図+色別標高図

 

●旧版地形図との比較 今昔マップon the web((C)谷 謙二)

左は昭和初期の地形図。城跡がまだ市街化されていない(軍が利用している)ので、かなり広かったのが分かる。また現在の広島港他、広島湾岸の埋め立ての変遷がよく分かる。

※画像クリックで拡大  ↓下の地図へリンク

 

●地理院地図 治水地形分類図

 

●地理院地図 都市圏活断層図

 

●国土調査 地形分類図

 

●J-Shis Map 微地形区分

 

●シームレス地質図

 

G-Banz 標高グラフ